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漢語史稿

第十節 中古の語音システム

- もくじ -
1.『切韻』の語音システム
(一)『広韻』の声母
(二)『広韻』の韻母
2.「平水韻」
3.韻図

 中古漢語の語音は、「切韻システム」を標準とする。『切韻』のシステムは当時(唐代)の首都(長安)の実際の語音を代表するわけではなく、一種の文学言語の語音システムを代表するに過ぎない。このような語音システムは純粋に書面言語に属するものである。唐代から清代まで、基本的にこの語音標準を遵守してきた。たとえば律詩はこの語音システムに従って押韻しなければならなかった。そうしなければ不合格とされた。もとより、律詩の韻は『切韻』の韻部よりも広かったが、それは範囲の大小の問題であるに過ぎず、全体的なシステムから見れば大方は一致している。

この語音システムが書面言語のみに適用されたのだとすれば、これは主観的に規定されたものなのだろうか。それは違う。このシステムは古音と方音に照らして規定されたものである。大体は次の通りである。古音で区別すべき音は区別した。ある方言で古音システムによって区別できるものは、規範に合っているとされた。この規範は人為的なものであるが、根拠がないわけではない。かつて学者の一部は、人々がこの規範によって発音するよう期待したが、この空想は実現しなかった。しかし、この語音システムが文学言語の語音規範であると認められていることには疑問の余地がない。

1.『切韻』の語音システム

『切韻』の語音システムは、2つの点から観察できる。1つは「反切」で、もう1つは「韻目」である。上でも述べたが、一般的にいわれる「切韻システム」は「広韻システム」である。ここで述べる「反切」と「韻目」も『広韻』の「反切」と「韻目」である。

「反切」は中国の古代の「拼音法」である。例えば「東,德紅切」は、「東」という字の読音は「德」と「紅」によって構成されていることを表わしている。実際は、反切上字(德)は声母(t)を抜き出し、反切下字(紅)は韻母()を抜き出す。その公式は、

tək+ɣuŋ=t+uŋ=tuŋ

である。「東」と「德」とは同声母で双声、「東」と「紅」とは同韻母で疊韻なのである。『広韻』の中の双声字が何種類あるかを見れば、「切韻システム」の声母がいくつあるかが分かる。また『広韻』の中の疊韻字が何種類あるかを見れば、「切韻システム」の韻母はいくつあるかが分かる

「韻目」は従来、単純に「韻」と呼ばれた。『切韻』は多くの同韻の字を一緒に並べ、1つの「韻目」とした。例えば「東」「同」「紅」「中」などの字は一緒に並べられ、「東韻」(韻目)とされている。1つの「韻目」に属する字は1つの韻である。異なる声調は異なる韻である。1つの韻はかならずしも1つの韻母だけではない。例えば「東韻」は2つの韻母に分かれる。ĭuŋである。しかし、律詩押韻は同韻でありさえすればよかった。同韻母にする必要はなかったのである。

『広韻』の声母と韻母について述べる。

(一)『広韻』の声母

『広韻』の声母は計35個ある。

(甲)「喉音」
影 ○餘 曉 x匣 ɣ

(乙)「牙音」
見 k溪 k'羣 g'疑 ŋ

 (丙)「舌音」
端 t透 t'定 d'泥 n來 l
知 ţ徹 ţ'澄 ɖ'

 (丁)「歯音」
精 ts淸 ts'從 dz'心 s邪 z
莊 ʧ初 ʧ'崇 dʒ'山 ʃ
章 昌 tɕ'船 dʑ'書 ɕ禪 ʑ日 

(戊)「唇音」
幫 p滂 p'並 b'明 m

中国の伝統的音韻学でいう三十六字母は、上述35個の声母と大同小異である。それらは、

(甲)「牙音」:見溪羣疑
(乙)「舌音」
  (1)「舌頭」:端透定泥
  (2)「舌上」:知徹澄娘
(丙)「唇音」
  (1)「重唇」:幫滂並明
  (2)「軽唇」:非敷奉微
(丁)「歯音」
  (1)「歯頭」:精淸從心邪
  (2)「正歯」:照穿牀審禪
(戊)「喉音」:曉匣影喩
(己)「半舌音」:
(庚)「半歯音」:

両者の違いは、(一)「舌上音」の「娘」母が、実際は「泥」母と違いがない。(二)『切韻』の時代には「軽唇音」の「非敷奉微」がなかった。(三)「正歯」は『切韻』の反切上字に従うと「莊初崇山」と「章昌船書禪」の2種類に分けるべきである。(四)「喩」母は『切韻』の反切上字に従うと「雲」類と「餘」類の2種類に分けるべきであり、「雲」類は「切韻システム」では「匣」母に分類される。

古代中国では声母を清濁の2大類に分け、さらに「全清」「次清」「全濁」「次濁」の4小類に細分した。

全清:見端知幫非精照影心審曉
次清:溪透徹滂敷淸穿
全濁:羣定澄並奉從牀匣邪禪
次濁:疑泥娘明微  喩來日


(二)『広韻』の韻母

『広韻』には計206個の韻があるが、声調の別を無視すると、61個の韻類、92個の韻母となる。

平上去声入声
1.東董送 uŋ, ĭuŋ屋 uk, ĭuk
2.冬○宋 uoŋ沃 uok
3.鍾腫用 ĭwoŋ燭 ĭwok
4.江講絳 ɔŋ覺 ɔk
5.支紙寘 ĭe, ĭwe
6.脂旨至 i, wi
7.之止志 ĭə
8.微尾未 ĭəi, ĭwəi
9.魚語御 ĭo
10.虞麌遇 ĭu
11.模姥暮 u
12.齊薺霽 iei, iwei
13.○○祭 ĭɛi, ĭwɛi
14.○○泰 ɑi, uɑi
15.佳蟹卦 ai, wai
16.皆駭怪 ɐi, wɐi
17.○○夬 æi, wæi
18.灰賄隊 uɒi
19.咍海代 ɒi
20.○○廢 ĭɐi, ĭwɐi
21.眞軫震 ĭĕn, ĭwĕn質 ĭĕt, ĭwĕt
22.諄準稕 ĭuĕn術 ĭuĕt
23.臻○○ ĭen櫛 ĭet
24.文吻問 ĭuən物 ĭuət
25.欣隱焮 ĭən迄 ĭət
26.元阮願 ĭɐn, ĭwɐn月 ĭɐt, ĭwɐt
27.魂混慁 uən沒 uət
28.痕很恨 ən
29.寒旱翰 ɑn曷 ɑt
30.桓緩換 uɑn末 uɑt
31.刪潸諫 an, wan鎋 at, wat
32.山產襉 æ, wæn æt, wæt
33.先銑霰 ien, iwen屑 iet, iwet
34.仙獮線 ĭɛn, ĭwɛn薛 ĭɛt, ĭwɛt
35.蕭篠嘯 ieu
36.宵小笑 ĭɛu
37.肴巧效 au
38.豪皓號 ɑu
39.歌哿箇 ɑ
40.戈果過 uɑ, ĭɑ, ĭuɑ
41.麻馬禡 a, ĭa, wa
42.陽養漾 ĭaŋ, ĭwaŋ藥 ĭak, ĭwak
43.唐蕩宕 ɑŋ, uɑŋ鐸 ɑk, uɑk
44.庚梗映 ɐŋ, ĭɐŋ, wɐŋ, ĭwɐŋ陌 ɐk, ĭɐk, wɐk, -
45.耕耿諍 æŋ, wæŋ麥 æk, wæk
46.淸靜勁 ĭɛŋ, ĭwɛŋ昔 ĭɛk, ĭwɛk
47.靑迥徑 ieŋ, iweŋ錫 iek, iwek
48.蒸拯證 ĭəŋ, -職 ĭək, ĭwək
49.登等嶝 əŋ, uəŋ德 ə, uək
50.尤有宥 ĭəu
51.侯厚候 əu
52.幽黝幼 iəu
53.侵寢沁 ĭĕm緝 ĭĕp
54.覃感勘 ɒm合 ɒp
55.談敢闞 ɑm盍 ɑp
56.鹽琰豔 ĭɛm葉 ĭɛp
57.添忝 iem帖 iep
58.咸豏陷 ɐm洽 ɐp
59.銜檻鑑 am狎 ap
60.嚴儼釅 ĭɐm業 ĭɐp
61.凡范梵 ĭwɐm ĭwɐp

上の推定音価は絶対的なものではない。なぜなら「切韻システム」は一時代の一地方の言語を代表するものではないからである。そうすると、上に挙げた61個の韻類と92個の韻母は同時に存在したものと考えることはできない。例えば「支脂之」の3韻をĭe, i, ĭəに分けているのは、歴史的にこれらには区別があるとされているからで、その区別は多くの方言の中に痕跡を残している。しかし、当時の長安の言語に3つの韻の区別があったという意味ではない。とはいえ、206韻のシステムには利点があることを認めることはできる。これから古音や現代の方言を推定できるからである。


2.「平水韻」

『切韻』よりも口語により近いのは、簡略化された「平水韻」である。『切韻』の206韻は煩雑すぎて、詩作の際の押韻が難しいため、「同用」という方法が新たに規定された。近い韻が共用できるようになったのである。13世紀、平水(現山西省臨汾)の劉淵が「壬子新刊禮部韻略」(1252年)を著し、「同用」の韻を合わせて107韻とした。後にそれらは106韻にされた。唐代~清代の詩人が韻を用いる際、基本的にこの106韻で押韻した。106韻は13世紀にできたものだが、「同用」の規定は唐代からすでに存在している。

106韻を以下に列挙する。

東董送屋冬腫宗沃江講絳覺
支紙寘微尾未魚語御 虞麌遇
齊薺霽佳蟹卦灰賄隊
眞軫震質文吻問物元阮願月
寒旱翰曷刪潸諫黠先銑霰屑
蕭篠嘯肴巧效豪皓號
歌哿箇麻馬禡
陽養漾藥庚梗映敬靑迥徑錫蒸職
尤有宥
侵寢沁緝覃感勘合鹽琰豔葉咸豏陷洽

上の韻表からはっきりしていることは、中古漢語には計4つの声調があったことである。すなわち平声、上声、去声、入声である。入声は鼻音韻尾の韻母と対応している。すなわち、ŋ=k、n=t、m=pである。


3.韻図

以上が中古文学言語とみなされている語音システムである。次は中国の学者たちがどのようにこのシステムを研究してきたかを述べる。

韻図の作者はまず206韻をいくつかの大類にまとめた。これらの大類を後世では「攝」と呼んだ。一般には以下の十六攝がある。

(一)通攝:東冬鍾
(二)江攝:江
(三)止攝:支脂之微
(四)遇攝:魚虞模
(五)蟹攝:齊佳皆灰咍祭泰夬廢
(六)臻攝:眞諄臻文欣魂痕
(七)山攝:元寒桓刪山先仙
(八)效攝:蕭宵肴豪
(九)果攝:歌戈
(十)假攝:麻
(十一)宕攝:陽唐
(十二)梗攝:庚耕淸靑
(十三)曾攝:蒸登
(十四)流攝:尤侯幽
(十五)深攝:侵
(十六)咸攝:覃談鹽添咸銜嚴凡

その次に、韻図の作者らは各「攝」の字を「開口呼」と「合口呼」の「兩呼」に分けた。いわゆる「開口呼」とは、唇を丸めない韻母を指す。「合口呼」は唇を丸める韻母、すなわち韻頭にuまたはwを伴うもの、あるいは主要元音がuのものを指す。1つの「攝」に「兩呼」を備えているものは「兩圖」に分けられた。1つの「攝」が1つの「呼」であるものは「獨圖」とされた。十六攝の「開」「合」は以下の通りである。

(甲)「兩呼」を備えたもの:止遇蟹臻山果假宕梗曾咸
(乙)「開口呼」だけのもの:效流深
(丙)「合口呼」だけのもの:

さらに各「呼」は「四等」に分けられた。例えば「看」「慳」「愆」「牽」は、「山攝」開口「溪」母「平声」の四等である。ただし、各声母のどれにも四等があるとは限らない。36字母の韻図の中での四等分布状況は以下の通りである

(甲)一二三四等全て備えたもの:影曉見溪疑來幫滂並明
(乙)一二四等だけのもの:
(丙)一四等だけのもの:端透定泥精淸從心
(丁)二三等だけのもの:知徹澄娘照穿牀審(二等「莊初崇山」,三等「章昌船書」)
(戊)三四等だけのもの:(三等「雲」,四等「餘」)
(己)三等だけのもの:禪日非敷奉微(「非敷奉微」は合口三等のみ)
(庚)四等だけのもの:

また、各韻類がいずれも四等を備えているわけではない。61個の韻類の四等分布状況は以下の通りである。

(甲)一等:冬模泰灰咍魂痕寒桓豪歌唐登侯覃談
(乙)一三等:東戈
(丙)二等:江佳皆夬刪山肴耕咸銜
(丁)二三等:麻庚
(戊)三等:鍾支脂之微魚虞祭廢眞諄臻文欣元仙宵陽淸蒸尤侵鹽嚴凡
(己)四等:齊先蕭靑幽添

上述の韻類四等分布状況は、基本的に『広韻』の反切下字のシステムに従って決められたもので、92個の韻母はまさにこのシステムに基づいて定められている。例えば「東」韻の一等は(紅)、三等はĭuŋ(弓)。「庚」韻の二等開口はɐŋ(衡)、合口はwɐŋ(橫)、三等開口はĭɐŋ(京)、合口はĭwɐŋ(榮)というぐあいだ。韻図の中の韻類の分布状況はこれよりもかなり複雑で、例えば「東」韻の韻図には一二三四等が備わっている。なぜかというと、韻図の作者が「端透定泥」は一等と四等しかなく、二等と三等の「知徹澄娘」と同行に並べて一二三四等を形作るよう杓子定規に定義したからである。また「精淸從心邪」も一四等のみ(実際は「邪」は四等のみ)で、「照穿牀審禪」は二三等のみ(実際は「莊初崇山」が二等のみ、「章昌船書」が三等のみ)だと、これも杓子定規に定義し、「精」系と「照」系とで一二三四等を揃えた。こうすることで、もともと三等字と同類の「精淸從心邪」の母字は四等の枠の中に配列せざるを得なくなった。もともと三等字と同類の「莊初崇山」も二等に並べざるを得なくなった。このような四等字と二等字は「仮四等」「仮二等」ということができる(「東」韻の「蒿」が仮四等、「崇」が仮二等)。「喩」母の四等(餘)も「仮四等」である。なぜなら「喩」母は2類に分かれ、同じ枠には入れられないので、四等に押し出されたからである。

韻図は何によって韻母を四等に分けたのか。それは主に元音と発音部位によってである。真に四等を備える韻攝(蟹山效咸)では、一等の主要元音はɑ、二等はa、三等ɛは、四等はeである。つまり一等から四等まで、元音の発音部位は前方へ移動する。下の表の通りである(開口呼のみ挙げる)。

蟹一 ɑi(泰)蟹二 ai(佳)蟹三 ĭɛi(祭)蟹四 iei(齊)
山一 ɑn(寒)山二 an(刪)山三 ĭɛn(仙)山四 ien(先)
效一 ɑu(豪)效二 au(肴)效三 ĭɛu(宵)效四 ieu(蕭)
咸一 ɑm(談)咸二 am(銜)咸三 ĭɛm(鹽)咸四 iem(添)

その他の「攝」はこれほど整然とはなっていないが、それでも四等に分けられている。

韻図は等を分けるため、韻図と語音システムを研究する後代の学問のことを「等韻学」と呼ぶ。理解の助けのため、「音韻闡微」から「東」韻の韻譜を以下に書き出して参考にする(もとは縦書きであったものを横書きに改めている)。

東董送屋
公○貢穀○○○○弓○○菊○○○○
空孔控哭○○○○穹○焪麴○○○○
○○○○○○○○窮○○鞠○○○○
○○○○○○○○○○砡○○○○
東董凍豰○○○○中○中竹○○○○
通桶痛禿○○○○忡○矗蓄○○○○
同動洞獨○○○○蟲○仲逐○○○○
○○齈○○○○○○○○肭○○○○
○琫○卜○○○○風○諷福○○○○
○○○扑○○○○豐○賵覆○○○○
蓬埲○○○○馮○鳳伏○○○○
蒙蠓幪木○○○○○○○○○○○○
總糉鏃○○○縬終○衆祝○○○蹙
悤○謥蔟穿○○○矗充○銃俶○○趥蹴
叢蓯崇○○○○塾○○○槭
送速○○○縮 ○○○叔嵩○○肅
○○○○○○○○○○○○○○○○
烘嗊烘熇○○○○○○○○○○
洪澒哄斛○○○○雄○○○○○○○
翁蓊甕屋○○○○○○○郁○○○○
○○○○○○○○○○○囿融○育○
籠攏弄祿○○○○隆○○六○○○○
○○○○○○○○戎○○肉○○○○

最後に「四呼」であるが、これは後に起こった用語(おおよそ明末~清初に起こった)であり、「四等」と混同してはならない。ただし「四呼」と「四等」は対応関係があり、しかも「四呼」は近代漢語の実際状況に比較的マッチしている。そのため「四呼」について述べないわけにはいかない。

いわゆる「四呼」とは、「開口呼」、「斉歯呼」、「合口呼」、「撮口呼」のことである。上で述べたように、宋代の韻図には「開口呼」と「合口呼」の「兩呼」しかなかった。「四呼」は「開口呼」を2類(開口と斉歯)に、「合口呼」を2類(合口と撮口)に分けた。伝統的な説に従うと、は「開口」一二等は「開口呼」、「開口」三四等は「斉歯呼」、「合口」一二等は「合口呼」、「合口」三四等は「撮口呼」である⑳。この説は基本的に賛成できるものだが、二等字には宋代の「等呼」と明代の「四呼」とで多少の不一致がある。

では、なぜ「四呼」の説が生まれたのだろうか。それは語音の変化の結果、四等韻がすでに三等に、二等韻が一等もしくは三等に同化してしまい、独立した一類を形成できなくなり、簡略化してしまったからである。もともとの「兩呼四等」計8類が、四等4類になったのである。

現代漢語に照らすと、「四呼」の定義は以下のようになる。

(一)「開口呼」は主要元音がa、o、e、ʅ、ɿで韻頭のない韻母。
(二)「斉歯呼」は主要元音がiの韻母と韻頭がiの韻母。
(三)「合口呼」は主要元音がuの韻母と韻頭がuの韻母。
(四)「撮口呼」は主要元音がyの韻母と韻頭がyの韻母。

この定義は明清時代にも適用できる。当時の語音システム(特に北方語音システム)がすでにそのようになっていたからである。


注釈
①ごく簡単な言い方である。詳細は王力著『漢語音韻學』P188~199を参照のこと。
②カールグレン氏の説に従うと、『切韻』の声母は47類(『漢語音韻學』P203~215を参照のこと)である。ここでは彼の説は採らない。声母分類は基本的に李栄氏の説(李栄氏著『切韻音系』P100~103、133を参照のこと)を採用した。
③「喉音」などはいずれも旧称で、現代語韻学の名称とは異なる。しかし、古音システムの説明には便利な点がある。
④「影」母と「餘」母の推定に関しては、羅常培氏と陸志韋氏の説を採用した。羅常培氏著『經典釋文原本和玉篇中的匣于兩紐』、陸志韋氏著『古音說略』P10を参照のこと。
⑤「莊初崇山」の推定は陸志韋氏の説を採用した。陸志韋氏著『古音說略』P13~17を参照のこと。
⑥大方、平仄を合わせるために、「娘」を加えて「泥」に対応させたのだろう。
⑦カールグレンは『漢語字族』で「眞」の合をĭwɛm、「臻」をĭɛmと推定している。しかしこのようにすると、「眞」韻の開口と合口が釣り合わなくなるため、ここでは彼の修正した説を採用した。
⑧「痕」韻に配する入声字は少なく、『広韻』では韻目が立てられずに「沒」韻に入れられている。
⑨『広韻』では「黠」が「刪」に、「鎋」が「山」に当てられている。後世、語音システムからそれらは誤りであると推量され、「鎋」が「刪」、「黠」が「山」に配された。中国科学院語言研究所の『方言調査字表』P42~43とP50~51を参照のこと。
⑩「侵」韻の推定音に関しては、陸志韋氏の説を採用した。陸氏著『古音說略』のP55~56を参照のこと。
⑪『広韻』では、平声の順序が「咸銜嚴凡」、上声が「儼豏檻范」、去声が「釅陷鑑梵」とされている。これは明らかに間違っている。ここでは戴震氏の『廣韻獨用同用四聲表』に従った
⑫最初は206個の韻目をすべて暗記する必要はない。平声と入声の韻目と「祭泰夬廢」の4つの去声韻目(計95個)を憶えておけば十分である
⑬章炳麟いわく、「広韻には古今の地方の音が含まれている」(章氏叢書『國故論衡』のP18)。彼の言葉は正しい。
⑭「同用」と「獨用」の規則に完全に依拠しているわけではない。例えば「廢欣迄」韻は『広韻』では「獨用」(『戴震聲韻考』に基づき、現本『広韻』が「文」韻に「欣」と「同用」であると注し、「吻」韻に「隱」と「同用」であると注しているのは誤り)であるが、「隊文物」韻に入れられ、「證嶝」は『広韻』では「徑」とは「同用」ではないが、「徑」韻に分類されている。
⑮「拯等」を「迴」に併せたため106韻となった。「併韻」の過程に関しては、王力の『漢語音韻學』P179~180を参照のこと。
⑯206韻から容易に106韻を推察できる。通常、106韻にない韻目とは、前の韻目に併せられたものである。例えば「鍾」は「冬」に、「脂之」は「支」に併せられた。ただ1つの例外は、「嚴儼釅業」が「鹽琰豔葉」に併せられたこと。
⑰「江」攝は「合口呼」とする者、「開口呼」とする者、あるいは「開合兩呼」とする者がある。我々の推定では、「開口呼」に入れるべきである。
⑱江永の『音學辨微』に基づく。王力著『漢語音韻學』P140の引用を参照のこと。
⑲「羣」母にはごく少数である四等字(「佶」など)しかない。一般的には三等のみとされている。
⑳『音韻闡微』の凡例に次のようにある。「依韻辨音各有呼法,舊分開合二呼,每呼四等。近來審音者於開口呼內又分齊齒呼,於合口呼內又分撮口呼,每呼二等,以別輕重。」

©2006 北京紅楼通信
出版:中華書局 / 原著:王力 / 翻訳:北京紅楼通信