「了」は、対外漢語教育の1つの重点であり、外国人学生が漢語を学習する際の難問でもある。その理由として、
この「了」はすべて語尾に用いられ、前後の状況の変化を表わす。以下に例を挙げる。
「了」は前後の状況の違いを表すことができるだけでなく、副詞「太」または「最」と同時に用いて、すでに現れている状況を肯定し、話し手の主観的な見解を強調することができる。
以下の2つの文を比較してみるとよい。
「了」を「快/就要」と同時に用いて、ある種の状況が間もなく変わることを表す。例えば「饭快好了」は「饭马上就好了(ご飯がもうすぐできる)」という意味である。
文中に2つの「了」のうち、1つが動詞の後ろ、もう1つが文の末尾に置かれ、さらに時量詞語(時間を表わす語)が必ずある時、「発話までの期間、ある活動がすでにいくらかの期間行われた」という意味になる。例えば「他看了两个钟头的书了」は、「現在までに、彼はすでに本を2時間読んだ。もしかするとさらに続けて読むかもしれず、あるいは彼は『2時間も読んだ』と感じており、もう読まないかもしれない」という意味である。
この文型が「四」と異なるのは、文中の時間詞が数量詞に変わっていることである。例えば「我买了三本书了」という文は、発話の時点までに「私」は「すでに3冊の本を買った」という意味である。もしかすると「私」は5冊買うつもりで、現在までに3冊買ったので、あと2冊買う必要があるのかもしれない。あるいは「私」は「3冊も買った」ので、もう買わないのかもしれない。
「了」が動詞の後に用いられ、文中に時量詞語(時間を表わす語)もあって、ある種の活動が過去に一定期間行われたことを表わす。もしも文中に明確な時間詞がなければ、この活動が過去のどの時点で起こったものなのか分からない。例えば「他学了两个月的法文」という文からは、「彼」が過去に2ヶ月間フランス語を学び、現在は学ばなくなったことが分かるのみで、「彼」が過去の何時の時点に学んだのかは分からない。
この文型が「六」と異なるのは、ある種の活動の時間ではなく、回数または量のことを述べることである。例えば、
(1)は、その人が過去のある時期に3回映画を見たことを言っている。(2)は、「彼」が過去に5冊の本を買ったことを述べている。しかし、「彼」が過去の何時の時点に映画を見、本を買ったのかは分からない。
「了」が時間詞、「没(有)」、動詞の後に用いられ、ある種の活動が現在までにすでにいくらかの時間発生していないことを表わす。例えば「我三天没吃中国菜了」は、3日前から現在までに「私」はすでに3日間、中華料理を食べていないという意味である。
文中の2つの「了」の1つが動詞の後ろ、もう1つが賓語(目的語)の後ろにあり、時間詞または数量詞がない場合、ある種の活動がすでに完了し、事態にも変化があったことを表わす。例えば「他买了车了」は、以前は車がなかったが、現在はあり、「彼」の車購入の活動がすでに完了したという意味である。
文中に「了」が1つしかなく、しかも動詞および賓語(目的語)の後ろにある場合、このような文には恐らく2つの意味がある。例えば「他喝酒了」は、「彼は以前、酒は飲まなかったが、現在は飲むようになった」という状況の変化、あるいは「彼の酒を飲む活動がすでに完了した」という動作の完了の2通りに解釈することが可能である。もしも発話時の状況がはっきりしていれば、文の意味は明確になる。しかしそうでない場合、単なる動作の完了とするには、動詞の後にもう1つの「了」を加えて「他喝了酒了」としなければならない。
「了」が結果補語、「被」を用いる文(受動文)、「把」を用いる文(処置式)の文末に用いられた場合は、いずれもある種の活動の完了を表わす。以下の例を見ると、
「了」が結果補語の後ろにあって、活動が完了したことを表わす。
「了」が結果補語「完」「好」「見」などの後にある場合、いずれも活動の結果および完了を表わす。
「了」が「被」を用いる文に用いられた時は、活動の完了を表わす。
「了」が受動文文末に用いられた場合は、いずれもある種の活動がすでに完了したことを表わす。
「了」が「把」を用いる文(処置式)に用いられた場合は、行動の完了を表わす。